22:53environment effect

結構前になりますが、「ケータイ文化圏とネット文化圏の深い溝」、という記事を興味深く読ませていただきました。
「ケータイ文化圏」は主に携帯電話でインターネットを見たりメールを送受信したりする人の属する文化圏。「ネット文化圏」はパソコンを使ってネットを見たりメールを見たりする人の属する文化圏、という区別で行動の違いなどを考察した記事です。
「ケータイ」と「PC」と単に使っているデバイスが違うだけなのですが、それよって行動パターンに結構な違いが出てくるようです。例えば携帯電話には「方向キー」「決定キー」「数字キー」などのキーしかありません。パソコンのマウスのような便利な入力装置はありませんし、文字を入力するにしてもあまりスピーディに、とはいかない。
だから例えば携帯電話ではWebサイトをあれこれ見て比較検討する、ということが面倒なので、「いいな」と思った商品がそこで買えたら「もっと安いところないかなぁ」とか探さずにそこで買ってしまう、とか、「自分から能動的に情報を探す」ということをしない(しにくい)ので、「メール広告」「メールマガジン」などの「プッシュ型」メディアが携帯電話ユーザの間では未だに有効だとか、そんな「ネット文化圏」とは違った行動パターンをするそうです。
実際、自分もそのあたりの「文化」の違いを肌で感じることがあります。今勤めている会社で、制作と並行していわゆる「ショップ運営」とそれに関わる「ユーザーサポート」の業務を少しやっているのですが、PCから問い合わせメールを送ってくる人は、大抵ちゃんと最初に名乗るとかいったことをちゃんとする人が多い。一方でそういったことをすっ飛ばして純粋に用件だけ伝えてくるようなメールは大抵携帯電話からです。
これはよく考えてみれば当然の話で、携帯電話ではやはり「入力しにくい」というのが一つ要素としてある。それに加えて、メールが届いたときに「それが誰から届いた」といったことがPCに比べるとずっと分かりやすいですし、そもそも携帯電話は「連絡先を知っている人からしか連絡がない」パーソナルなデバイスですので、「メールの冒頭で名乗る」なんていうのは冗長だし、面倒なだけの行為です。(そういえば知人は携帯電話に出るときに相手が知人であっても必ず丁寧に名乗るので、「携帯電話で名乗るのは変だ」とつっこまれていた)
ところがPCを普段使っていて、そういう名乗りもしない、一行だけの用件だけのメールを「PC上で」受け取るとなんだか嫌な気分になる。自分だって携帯電話からメールを送っていれば「そういう」メールを送っているに違いないのに、です。
◆ ◆ ◆ ◆
こんなふうに、使う道具ひとつ、環境ひとつで、行動や気持ちに結構な差が生まれる例は、身近にいくらでもあります。
例えば自分の場合は、台所の広さとコンロが変わっただけで料理を作って自炊する気持ちが萎えてしまったり、広いい部屋に引っ越しただけでなんだか気持ちに余裕が生まれたり、という経験があります。
よほど強い意志や欲求がない限り、人は気分的に楽なほうへ楽なほうへと無意識のうちに自然と行動していきます。それがいいとか悪いとかいうことではなく、単に「人というのはそういうもの」なんだと思います。だから、「こうなりたい」「こうありたい」という理想像が自分の中にあるのであれば、「できるだけ楽にその姿に近づける環境にいるかどうか」という視点で自分のいる環境を評価しなおすことも必要だと感じます。
「孟母三遷の教え」という先達の言葉にもあるように、環境は人を変えます。自分が一体何に取り囲まれているか。どんなところにいてこの場所にいると自分はどのようになるのか。それは自分にとって望ましいのか。そんなことにもう少し意識的になりたい。
また、デザインの上でも、「自分の作るものが他の人に”自然に”よい影響を与えるものかどうか」ということを頭の片隅に置くようにしたい。そう思います。
[...] environment effect [...]
by : circumstance evidence - PCユーザ圏と携帯ユーザ圏/ネットの拡散 @ 2009/01/10 -[...] environment effect [...]
by : PCユーザ圏と携帯ユーザ圏/ネットの拡散 at circumstance evidence @ 2009/12/03 -