02:03カッコイイ服、オモシロイ服

以前、お茶を買いにコンビニへ向かう途中で、「企業戦士」と胸に書かれたTシャツを着た人とすれ違ったことがありました。
別にスーツ姿でもなく、ほんの少しだけ太り気味の体に、堅気ではないなと思わせるようなセルフレームの黒ブチメガネ。ボサボサの髪。そのいかにもだらしなさそうな雰囲気と「企業戦士」という文字のギャップに、思わず笑ってしまいました。
個人的に、いわゆる「バカTシャツ」「オモシロTシャツ」「ネタ系Tシャツ」の類は好きで、たまに自分も作ったり着たりしています。
もちろん自分によく似合ったカッコイイ服を着たいとも思います。でもそういうのが時々自分でなんか嫌だな、と思うことがあります。それはなんでなんだろうな、と考えたときに思い至ったのは、「カッコイイ服」は「自己主張」っぽいかな、ということ。自分が他の人よりもカッコイイ人だと思われたい、自分の評価を高めたいがための道具としての服に思えてしまう。もちろんそれはそれでいいと思うし、カッコイイ服をかっこよく着こなしている人には憧れたりもします。するのだけど……なんかちょっとな、と思うこともあるわけで。
「オモシロイ服」にももちろん自己主張はあります。でも、それは相手に「オモシロイ」と思われて初めて成り立つ主張で、だからちょっとだけ「おもてなし」に近い空気感がある。見た人の「笑い」だったり、「今日さ、こんな変な服着た人を見てさ」という話のネタになるためだったり。そういう「誰かのシアワセ」的なものにも意識が向いている感じ。そういうところを「いいな」って思うのかもしれません。
「オモシロイ」に限らず、たとえば混み合った電車で、自分の服に触れた他の人にとってさわった感じが心地いい、とか。職場のみんながいい気分になれそうな色の服を選ぶとか。主張を着るんじゃなくておもてなしを着る。そういうことに意識の向いた「ファッション」だって、もっとたくさんあっていいと思うのです。
