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2008/02Archive for

以前彼女が台湾に行ったときに買ってきてくれた本のタイトルが「设计東京」だった。中身は東京の建築デザインについての本。

その後中国のサイトなど見ていると、中国語圏ではどうやら「design」を「设计」と翻訳するらしい、というのがわかってきて、これは面白いな、と思った。(たとえばプロダクトデザインは「产品设计」となるらしい)

「design」という言葉は日本だと、訳語に「意匠」や「図案」が含まれることも示すとおり、「カタチ」とか「見た目」のほうに若干フォーカスが強くあたっているニュアンスがある。

でも、「design」に関わる行為や言葉の使われ方を考えてみると、訳語としては「設計」の方がどちらかというと腑に落ちる。

例えば「ソフトウェアデザイン」とか「デザインパターン」とかも「ソフトウェア設計」「設計パターン」と訳せばそんなに違和感がない。逆に「ソフトウェアの見た目」とか「見た目のパターン」では全く別物になってしまう。

この視点で見つめなおしてみると、いわゆる「エンジニア」だって「デザイナー」じゃん、と思ったりもする。設計するものが「視覚的要素」なのか「システム的要素」なのか、という違いはあれど、「設計して作る」という行為自体は同じだから。

以前から、何でこんなにもいわゆる「デザイナー」と「エンジニア」の間に変な溝みたいなものがあるのか、と思ってたのだけど、もしかしたら「デザイン」という言葉の理解の問題もあるのかもしれない。たとえば「Webサイトを設計しましょう」だったらエンジニアの参加が必要そうだけど、「Webサイトをデザインしましょう」だとなんだかエンジニアの参加の余地がなさそうに見えるこの不思議さ。

だから、デザイナ=ビジュアルエンジニアとか、エンジニア=システムデザイナー、みたいな感じで、肩書きを同じレベルにしたら目的を同じくして協働する感じが出ないだろうか、なんていうことをふと思ったりした。

また、適切な翻訳、というのは理解を共有する上で大事だなぁ、とういことも同時に思った。そういう意味で、外来語をそのままカタカナ語にして定着させてしまう日本語という言葉の言語「設計」は、ちょっと難アリなのかもしれない。

参考:视觉中国