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2007/03Archive for

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以前、「REAL SIMPLE」という雑誌の電車広告に、「きれいにみえる掃除法」という見出しが躍っていたことがありました。

「きれいに片付く」とか「きれいさを保つ」とかではなくて「きれいにみえる」。その微妙な力の抜け加減がなんとも「いいなぁ」と思いました。

もちろん、いつも掃除をしてすみからすみまできれいなら、それが一番だとは思います。でも完璧なきれいさを保つのは労力も時間もかかるもの。それに、日ごろ完璧を保っていると、ふとした忙しさなどで掃除ができず、たまたまその完璧さが崩れたときに(はたから見ると別に乱れた感じでもないのに)とても残念な気持ちになったりすることもあります。

「ひとまずきれいに見えてるから人が来ても大丈夫だし、居て心地いいし、問題ない」
多大なコストをかけて完璧を保とうとするよりも、コストをかけずに「最低限おさえておきたいところ」をおさえておく。そういう割り切り方というのも素敵だと思います。

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インターネットというものを、巨大な脳だ、と考えてみる。
そんな考え方は別に新しくもなんともないだろうけど。
それでもそんなことを考えてみたくなったのは、何となく、「蓄積された情報」と「検索エンジン」の関係が、脳のニューロンとかそんな仕組みを想起させたから。結局は「情報」と「ネットワーク」、そしてそれを走査する「システム」。そう見ればどちらも大きな差異はない。

Googleを筆頭とした検索エンジンを使って、情報を引き出そうとする行為。それは、人の「思い出そうとする」行為のよう。検索エンジンによってでは探し出せない情報。それは「忘れた」情報のよう。

なんだかインターネット上のサービス、インターネットそのものの来し方行く末を暗示するようで面白い。

忘れてしまった情報に価値はあるのか。忘れてしまわないためにはどうしたらいいのか。もっとずっと効率よく記憶する方法は。記憶したものをできるだけ忘れない方法は。様々な経験・情報からもっと簡単にすばらしいアイディアを作ることはできないか。その脳を持った人(ネットを利用する人間)を幸せにするには、蓄えられた情報をどう活用すべきか。どう活用したら幸せになるのか。

さて、10年後、どうなってるかなぁ…。